うなぎの稚魚「シラスウナギ」が、今年は記録的な豊漁となっています。黒潮の蛇行が収まり、孵化した稚魚がうまく海流に乗ったことが好影響を与えたとみられています。そんなニュースを聞くと「鰻が安く食べられる…!?」なんて期待もしてしまいますよね。
では実際のところどうなのか。うなぎ養殖から加工・販売まで一貫して行う山田水産株式会社 代表取締役社長・山田信太郎さんに、現場から見た“豊漁の実感”を伺いました。
稚魚の“強さ”が違う、今年のシラスウナギ

「久方ぶりの豊漁で、本当にいい年になりました。サンマの豊漁のときもそうですが、個体が強いんです。元気なしらすが多く、よく食べて育つので、身質も非常にいい。やっぱり海流の影響は大きくて、シラスは本当に小さい生き物ですから、海流がどうなるかによって大きく左右されるんですよ」
例年に比べて成育のよいシラスが多く見られ、養殖の現場にも好影響が出ているそうです。今年の漁獲量は一時期の7倍近くに達し、取引価格も1キロあたり250万円から20〜30万円へと大きく下がりました。ただし山田社長は、「豊漁は神のみぞ知るもの」と慎重な見方も示します。
「今年は“買い時”ですが、来年以降どうなるかはわかりません。これが5年続くのか、1年限りなのか。自然相手ですからね」
国産うなぎの“水の質”と、安全へのこだわり
豊漁によって中国産うなぎとの価格差が縮まるなかで、「国産を選ぶ理由」をどう伝えるかも重要になっています。山田社長は、環境と品質の両面でその違いを語ります。
「中国のうなぎを扱うスーパーもありますけど、やっぱり家族に食べさせるなら“国産にする”という方が多いです」
山田水産の垂水養殖場(鹿児島)では、飲料水としてもおいしい地下水を使用しています。水質と環境こそが、味と安全性を支える土台だといいます。
「鹿児島は特に地下水が豊富で、飲んでも美味しい水を使っています。そんな贅沢な環境で育てたうなぎは、やっぱり違いますよ。“水が味に響く”ってよく言いますが、まさにその通りだと思います」
“安くなる”よりも、“価値を伝える”年に

豊漁の報道が広がると、すぐに「うなぎが安くなる」と期待する声も上がります。しかし山田社長は、その短期的な見方に警鐘を鳴らします。
「確かにうなぎも今年は安くなると言われています。でも、魚全般そうなんですよ。獲れたら下がる、獲れなければ上がる。それだけです。問題は、その波をメーカーや販売側がどう受け止めるか。僕らは毎年研究開発やコストをかけていますし、“安くするためにやっている”わけではありません」
実際、山田水産では「相場が下がったから」といって簡単に販売価格を下げることはしません。
「物価が上がっている中で、うなぎだけ値下げするのは全体の動きに反してしまう。だからこそ、安さではなく“なぜ国産なのか”“どう育てているのか”を丁寧に伝えていきたいんです」
世界的には、魚の資源管理と価格のバランスが厳しくなっています。ノルウェーのサバやカナダ産の魚介類はすでに値上げが続き、日本は“安くて当たり前”という意識が通用しなくなりつつあります。
「サバなんかも、来年はさらに獲れなくなると言われています。結局、“魚は日本人が食べると安いものだ”という感覚がまだある。でも本当は、自然と手間に見合う価格をつけなければ、次の世代に繋がらないんです」
うなぎ豊漁のニュースは、単なる“値下がり期待”ではなく、持続可能な養殖や正当な価格形成を見つめ直すきっかけにもなっています。山田社長の言葉には、自然と真摯に向き合いながら“国産うなぎの価値”を守り抜こうとする、生産者としての信念がにじんでいました。
