
こんにちは。うまいもん特派員・北陸担当のつぐまたかこです。
9月1日、富山湾で「ベニズワイガニ漁」が解禁されました。「カニ=冬」と思われがちですが、北陸の秋の訪れを告げる海の幸は、この真っ赤なベニズワイガニです。冬の本ズワイガニの陰に隠れ「二番手」扱いされがちですが実はすごいポテンシャルを秘めているんです。

9月1日の漁解禁日、富山湾の沖合では、直径1.5メートルもある鉄製の重い「カニカゴ」が次々と海へ沈められます。カゴの中に仕掛けられた餌を目指して深海のカニが入ったところを引き上げる「カニカゴ縄漁」の始まりです。
かつて、ベニズワイガニは網で捕獲していましたが、絡まったカニを取り外すのに時間がかかって鮮度が落ちたり、カニの体が傷ついてしまったりするのが漁師さんたちの悩みのタネでした。そこで昭和30年頃、富山県魚津市の漁師・浜多虎松さんが研究を重ねて実用化させたのが、この「カニカゴ縄漁法」です。カニを傷つけずに生かしたまま引き揚げられるこの画期的な漁法は、今や世界中のベニズワイガニ漁で使われていますが、 急峻な海底地形に、複雑な海流が流れる富山湾の海底で、狙った場所にかごを沈めるのは、富山の海を知り尽くした漁師さんたちの経験と技術のたまものだとか。
積み重ねた知恵と技によって深い海から浜へ運ばれてくるベニズワイガニですが、実は私には、ちょっと残念な思い出があります。以前、富山のある名旅館へ取材に伺ったときのこと。夕食に最高級のベニズワイガニが出されていたので、「これは富山でしか味わえないごちそうなので、ぜひ大々的に紹介させてください」と持ちかけたところ、宿の方から「できれば記事では、冬のズワイガニの方を前面に出してほしい」と言われたことがあります。「こんなに美味しいのに、しかもここでしか食べられないと胸を張ってもいいカニなのに、産地の人でさえズワイガニよりちょっと下に見ているなんて……」と、なんだか複雑な気持ちになりました。
たしかに、本ズワイガニは、「越前がに」「松葉がに」「加能がに」と、全国に名だたるブランドガニでもあります。一方ベニズワイガニの多くは、市場価格は本ズワイガニの数分の一。水分が多く身が柔らかいため、昔は「ミズガニ」なんて失礼な呼ばれ方をすることもあったようです。
しかし、富山のお寿司屋さんでベニズワイガニの握りを食べたとき、自分の中で評価が一変しました。口に入れた瞬間、ジュワッと広がるみずみずしい甘み。本ズワイガニのような強い濃厚さとは違う、可憐で繊細な旨みがすし飯とみごとに調和するのです。驚きながら寿司をほおばる私に「ベニズワイは、ベニズワイの良さがあるからね」と言う寿司屋の大将のちょっと誇らしげな顔が、今でも忘れられません。

このベニズワイガニ、姿は本ズワイガニとよく似ていますが、実は全くの別品種。生の状態で褐色や茶褐色の本ズワイガニに対し、ベニズワイガニは生きている時から全身が鮮やかな紅色をしているのが特徴です。
その最大の理由は生息地。本ズワイが水深200〜500mにいるのに対し、ベニズワイガニは水深400〜2,700mという光も届かない超深海に暮らしています。水温0.5〜1.0度という極寒で高水圧の環境下、少ない餌を食べて育つため、脱皮を繰り返して一人前の大きさになるまで8〜10年もの歳月がかかります。冷たい深海でゆっくり熟成されるように育つからこそ、あの独特のみずみずしい甘みが育まれるのです。

港に水揚げされたベニズワイガニを見ると、みんな甲羅を下にした仰向けの状態です。これは、たっぷりと含まれた旨みいっぱいの水分「カニ汁」が逃げ出さないようにするための、浜の知恵。9月以降、港にはお腹を上に無防備な状態で、競りを待つベニズワイガニが赤い絨毯のように並びます。ちなみに、富山湾では、雌と甲羅幅90mm以下の小さな雄の漁は禁止されています。カニカゴ自体にも小さなカニやメスが自力で抜け出せる逃げ口を設けるなどの工夫がされ、資源を守りながら大切に漁が行われています。

ベニズワイガニは鮮度の低下が早く、産地によっては水揚げ後、その多くが加工用として利用されているようです。そのあたりも、本ズワイガニより格下に扱われがちな要因かもしれません。しかし、富山県では水揚げされたベニズワイガニが鮮魚として飲食店だけではなく、魚屋さんやスーパーに並ぶことも多く、富山県民はそのおいしさを家庭でも味わっています。理由のひとつが漁場から漁港までの距離の近さにあります。富山県食品研究所のデータによると、水揚げ直後のベニズワイガニの甘み成分・グリシンと旨み成分・グルタミン酸の数値は、本ズワイガニを上回っています。
逆に言えば、この旨みを味わえる鮮度の高いものだけ。そこでクローズアップされるのが、富山湾の「あいがめ」と呼ばれる特殊な地形です。沿岸から急激に深くなるため、他県なら船で往復120時間(約5日)かかる深海漁場へ、富山ならわずか6〜12時間で往復できます。傷みやすいベニズワイガニにとって、この圧倒的な近さが最大の武器になるのです。
さらに、富山湾には、本ズワイとベニズワイの交配種として、水深450〜600mの限られたエリアで稀に獲れる「黄金(おうごん)ガニ」という幻のカニが存在します。両者の長所を受け継いだハイブリッドで、身がギッシリ詰まった絶品なのだそう。

現在、富山県では、ベニズワイガニを「高志(こしの)紅(アカ)ガニ」としてブランド化を進めています。「高志」は、富山が「越の国」と呼ばれていたことと、漁師さんたちの「高い志」をかけて。「紅ガニ」は、地元では「アカガニ」と呼ばれていたことに由来するそうです。
やさしい甘みで心もお腹も満たしてくれて、お財布にもやさしいベニズワイガニ。鮮やかな紅色が港や食卓を彩り始めると、「今年も北陸に美味しい秋がやってきたなぁ」と心が踊ります。11月のズワイガニ漁解禁を待つ必要はありません。もしこの秋、富山を訪れる機会があれば、ぜひこのみずみずしい甘みを、味わってみてください。
