豊洲市場ドットコム X担当の中の人です。
先日は取材で石川県は能登を訪れました。
本日は中の人の目から見た、震災の傷跡と、変化に対する対応、そして避難生活を豊かにするための取り組みなどをご紹介したいと思います。

写真は輪島、朝市の跡地です。
私は震災後初めて訪れました。あれから1年半をかけて、少しずつ片付けが進んでいます。左に見える建物は「旧イナチュウ美術館」というものだそうで、ベルサイユ宮殿を模した建築でしたが2012年には閉館していたそうです。
2026年現在、公費解体により取り壊しが進んでいました。

賑わっていたであろう朝市の大通りは見る影もありません。私も当時ニュースを見て、わずかですが輪島へ寄付をしました。
少しでも復興の応援になればとは思っていましたが、ここに来て本当にショックを受け、言葉もありませんでした。

それでも、他の施設で商売を続けられている方々もいるようです。
私の立っている場所の反対側は火災を免れたようで綺麗な街並みで、今も商売をされている方々がいらっしゃいました。
輪島塗の作り方などを学べる場所もあり、大切な文化を感じることができました。

能登半島地震による影響は多々ありますが、復旧に時間がかかる中でも、特に長く影響を残すと感じたのが地形の変化でした。
上の写真は海岸線ですが、護岸がガタガタになり、一部が崩壊しています。
中央に黄色と黒のストライプが見えると思いますが、これは海に接した岸壁に設置される車止めです。
その奥は地面が隆起してしまっているのです。
これまで船がつけられた場所が使えなくなり、浅瀬が増えるなどして、漁業者は操業の仕方を根本から変える必要に迫られました。

港にも地形の変化が起こっていました。こちらは輪島港の一角です。
写真にも黄色と黒の車止めが写っていますが、手前が旧岸壁、奥が隆起してしまったため新たに整備された岸壁です。
岸壁の高さの差により、水揚げ作業が困難に。そのため中央にある機械が導入されたそうです。変化にも負けず、力強く漁業を営んでいました。

そして被災した方々の今の暮らしにも触れました。
こちらは、輪島門前の仮設住宅が建ち並ぶ中にあるコミュニティセンター「コミセン門前」です。
食堂と温泉が楽しめる施設で、仮設住宅に住む方々の交流だけでなく、観光客も立ち寄ることができる交流の拠点としても機能しています。

後ろに見えるのが仮設住宅です。
私の記憶にあるところでは、阪神淡路大震災の時代から長きにわたり、仮設住宅での生活について様々な課題が寄せられていました。
このコミセンは地域住民の交流による孤独の防止や防犯だけでなく、観光客も被災された皆様とふれあい、お互いに理解を深めるコミュニケーションの場になっているのです。
訪れたのは平日でしたが、食堂は満席で、観光客と思われる若い方々の姿もあり、見ず知らずの方々が楽しそうに交流されている場面もありました。

私もアジフライ定食をいただきました。地物のアジを使っており、サクサクふわふわでいくらでも食べられるほど、美味しい一品でした。
震災の爪痕と、変化を続ける地元の方々。
日本ではどこにいても自然災害の影響を受ける可能性がありますが、現場に立ってみると、震災の傷跡だけでなく、それでも前を向いる人々の力強さを感じました。
私達は、今後の石川県との連携事業により、多くの石川県の生産者・メーカーに当社通販にご参加いただく予定です。
素晴らしい食と文化、そして人々の営みを、現地を訪ねながらお伝えしていきたいと思います。

