
こんにちは。 うまいもん特派員・北陸担当のつぐまたかこです。
6月25日を過ぎると、金沢の和菓子屋さんは緑、白、ピンクの3色に染め上げられます。
毎年7月1日の「氷室(ひむろ)の日」に食べる、この「氷室まんじゅう」は金沢市民にとって重要な年中行事。このウルトラローカルな風習のウラガワには、江戸時代の超ぜいたくな氷をめぐる物語と、和菓子屋さんの見事なマーケティングが隠されていました。

6月下旬に金沢の街を歩くと、ちょっと異様な光景を目にします。 老舗の菓子司から全国区の和菓子店、町の小さな朝生屋さんまで、あらゆる和菓子屋に「氷室まんじゅう予約受付中」の張り紙。「予約受付中」と書いてあるのに、もうすでに店先ではずらりと販売しているし、なかにはのぼりがはためくお店もあります。
氷室の日当日、7月1日には、和菓子屋の店内が、山積みにされた3色のまんじゅうと、それを引き取りに来るお客さんでごった返します。まるでおまんじゅうパニック。
「赤と緑と白を5個ずつね」何人家族やねん?「おみやげにするから20個ちょうだい」日持ちしないけど大丈夫かしらん?「うちは職場用に30個」職場て…。と小声でツッコミながら、私も3個買いました。中高年2人家族です。賞味期限は当日中です。

金沢に移り住んだ四半世紀前のこと。打ち合わせにいくと、お茶と一緒に氷室まんじゅうが出てきました。7月1日だったのだと思います。「金沢では、無病息災を祈ってみんな食べるんですよ」と、でっかいまんじゅうを目の前にして驚いていた(であろう)金沢ビギナーの私に笑顔で教えてくださった取引先のお兄さんは、そのままガブッと一口食べてお茶をすすりました。
きっと、私だけではなく、お客様が来る度に、ガブッといっていたのではなかろうか。オフィスの片隅に、氷室まんじゅうが山積みになっていましたから。以来、私も毎年7月1日には氷室まんじゅうを買い、お茶と共にガブッといくことにしています。

無病息災を祈って食べる。ちなみに白は「清浄」、赤は「魔除け」、緑は「健康(一説には新緑)」を表すとされています。俗に言う「縁起物」なのですが、なぜこれほどまでに、金沢の人はこのおまんじゅうに熱狂するのでしょうか。地球温暖化で気温が上がり続ける7月に、どうして冷たいかき氷ではなく、あんこたっぷりのまんじゅうに夏を感じるのでしょうか。
歴史を巻き戻すと、舞台は江戸時代へとつながります。 当時、加賀藩前田家は、冬の間に山に積もった雪を山間部にある「氷室」と呼ばれる茅葺きの小屋に貯蔵していました。そして毎年7月1日(旧暦の6月1日)になると、その氷室を開いて氷を切り出し、はるばる江戸の将軍家へと献上していたのです。これが「氷室開き」です。
江戸まで約120里(480㎞)。トラックも冷蔵庫もありません。飛脚たちが昼夜を問わず、溶けゆく氷を背負って命がけで走りました。江戸に到着する頃には、大きな氷もほんのひとかけらに。氷が無事に江戸まで届くことを祈願して、また、本物の氷を目にも口にできない庶民が「せめて拝むだけでも…いや、拝めもしないなら、氷に似せたお饅頭を食べて無病息災を願おう!」そうして生まれたのが、麦手餅(むぎてもち)や、氷の白に見立てたおまんじゅうだったと言われています。


氷室の仕込みも氷室開きも、もともとは加賀藩の行事。文明開化と共に、少しずつ忘れ去られ、昭和30年頃、氷室開きは静かに姿を消しました。 けれど、風習というのは不思議なもので、まんじゅうを食べて夏越しを願う庶民の習慣だけは、細く静かに、途切れず残ったそうです。そして昭和61年。 湯涌温泉の山あいで、眠っていた氷室小屋が再び息を吹き返しました。その後毎年1月末には地元の人々が雪を詰め、6月30日に氷になった雪を小屋から運び出す「氷室開き」が行われています。
一方で、街では和菓子屋さんたちが昭和58年頃から 「氷室の日」をもう一度盛り上げようと動き始めていました。 色、形、餡──それぞれの店が工夫を重ね、 氷室饅頭を夏越しの縁起物として磨き上げ、 今の「7月1日は無病息災を祈ってまんじゅうを食べる日」という金沢の風物詩を形づくったのです。



「でも、しょせんはただのまんじゅうでしょ?」と思ったあなた、大間違いです。見た目はどれも同じ3色のまんじゅうですが、お店によって味は様々。皮と餡の組み合わせで個性を発揮しています。
大きく分けると、皮は2つの派閥に分かれます。ひとつは、伝統的な酒種(さかだね)を使い、お酒の華やかな香りとほんのりとした酸味が鼻を抜ける「酒まんじゅう」タイプ。もうひとつは、ふっくら、もっちりとした優しい甘みの「小麦まんじゅう」タイプ。
中の餡も、王道のすっきりとした「こし餡」を貫くお店もあれば、小豆の風味をしっかり残した「つぶ餡」で勝負するお店、果ては緑色のお饅頭にだけ「白餡」にしたり、3色それぞれ違う餡を仕込んだりするお店もあります。 伝統の味を守る老舗の味はもちろん格別ですが、近年では地元の米粉を使った新食感のものや、甘さを限界まで控えた現代風の氷室まんじゅうも登場し、まさに百花繚乱。「皮の酒気(さけけ)はあそこが一番」「あんこの塩梅ならあのお店」と、金沢ではそれぞれの家庭に「ご贔屓」の氷室まんじゅうがあるのです。
何世代もの職人さんと、和菓子にうるさい金沢の庶民が守り継いできた夏の伝統、氷室まんじゅう。キンと冷たいかき氷も厚さを吹っ飛ばしてくれますが、もっちりしたまんじゅうと濃いめのお茶が、北陸の蒸し暑い夏を乗り切るパワーを授けてくれるような気がします。血糖値やカロリーが気になる中高年2人暮らしですが、今年も、贔屓のお店に買いに行きますとも。「赤白緑、3つくださーい」。

