Webサービス・Webサイト開発の歴史から紐解く食文化 第1話 ~食文化創業とうまいもんドットコムオープンまでの道のり~


こんにちは。社長室兼システム部の山城です。

今日はシステム部山城として弊社のWEBサービス・WEBサイト開発目線で、食文化のこれまでのあゆみについて振り返ってみたいと思います。

普段子育て奮闘食いしん坊ブログばっかり書いているわけではないというところをそろそろ見せないと!と思ったわけではない、はず、です、多分。

 

さて、弊社、株式会社食文化は2001年4月に代表の萩原章史が『食で地方を元気にしたい』と作った会社です。

前職の株式会社間組(現安藤ハザマ)でのアメリカ駐在時代に、デベロッパーとして活動していた今川氏と知り合い、萩原社長が「独立するから一緒にやらない?」と声をかけ、食文化は始まりました。

 

この手の事業が珍しかったのかそういう時代だったのかは今ではわかりませんが、5月に出した採用募集になんと200人の応募があり、その中から4名を正社員として採用しました。
それに加え、業務委託で、

-デザイナーとして、現取締役でありWebマーケティング部部長の城本氏
-プログラマーとして、現在も開発チームを牽引しており今川氏の知り合いだったアメリカ在住のKenji氏
-カメラマンとして、現社外取締役で萩原社長の大学のサークル仲間である八木澤氏

の合計9名で食文化は立ち上がりました。

 

食のECサイト『うまいもんドットコム』のオープンが最初のミッションでした。

当時は家庭に光回線なんて普及しておらず、ISDNが主流、ADSLが普及し始めてきたか!?という時代、インターネットモールこそあったものの、ネット上で買い物をするということすらまだ今ほど受け入れられていない中で、しかも地方の農家や生産者という、ITリテラシーもそこまで高くないであろうという人たちを束ね、ネット通販事業を立ち上げようと考えて行動に起こした萩原社長の先見の明には、尊敬の念しかありません。

 

うまいもんドットコムのオープンを8月に設定しました。
ターゲットは40~60代の男性、サイトのコンセプトは、一般入手困難なこだわりの食材、万人が美味しいというものではなく10人に2~3人がうまいというマニアックなもの、地域限定の伝統食など、大量生産・大量消費モデルでは販売しにくい多種多様な食品や食材を発掘し、消費者に届けること。

サイトオープンに向け、まずは販売する商品の準備です。
DMを送ったり、電話営業をしたり、知人から紹介してもらったり。
しかし知名度もなかった当時の食文化、DMは4,000通を送ったものの、返ってきたのは60通でした。
また、営業の電話をしても「ドットコム??なに?それ?」と言われたり、アポが取れて現地に出向いても「ネット通販はやっぱり・・・」と断られてしまったり、新規店舗と契約するのは相当な困難があったようです。

 

一方で、商品だけではなく、ITインフラの整備も急がなければいけません。

こんなシステムにしたいという仕様を萩原社長がイメージを伝え、システムに強かった今川氏が仕様に落とし込み、Kenji氏が実装する、という体制で行っていました。

日本とアメリカでのコミュニケーションになるので、連絡手段はメールか電話でした。
国際電話になるので非常に高かったため、電話は簡潔に、が基本でした。

 

豊洲市場ドットコム等食文化の現在のシステムはこれまでの22年間で、時代時代の要件を組み込み、たくさんの知見が詰まったシステムです。

オープン当時は最低限の機能の実装ではあったものの特に、重量課金の送料計算、識別マーク(贈答とか今が旬とかオーガニック、とかの商品特性)でカテゴライズして見せる機能、日本地図にマッピングして商品を地域ごとに見せる機能にはこだわったそうです。

 

また、当時アメリカはインターネットの普及が日本より1歩2歩進んでいたこともあり、Kenji氏にはコンピューター雑誌の定期購入のECを構築した経験がありました。

ですが、これまでのEC開発と大きく違っていた点は、常温、冷蔵、冷凍の3温度帯に対応しなければいけない点と複数出荷場に対応しなければいけない点とFAXで注文を店舗に送信して出荷指示をする点でした。
後者2つが特に1レベル上の複雑さだったようです。

しかし、過去に培ったノウハウを生かし、うまいもんの開発は2ヵ月間で行ったそうです。
この仕組みを2ヵ月で形にしたパワーとスキルはお見事としか言えません。

 

また、サーバーマシンは、当時のKenji氏のカリフォルニアのオフィスの1部屋に存在していました。
のちには、ロスダウンタウンのデータセンター、そしてシンガポールのAWS、最後に東京のAWSと、セキュリティや可用性も考えられたシステムに成長していきますがそれは何年も後の話です。

 

当時はテスターも雇っていなかったので、サイトオープン後もバグがたくさんでていたそうです。
Kenji氏いわく「当時は、基本的にまずある程度機能していればエキサイトな時代」とのこと。

現在は、仕様書も作成するし、仕様レビューもするし、構成管理もしっかりしているし、単体テストも書いているし、テスターもいるし、受入テストもするし、自動テストで日々安定稼働を担保しているし、リモート会議をするための無料ツールもあるし・・・(書ききれません。)、今とは全然違う時代です。

 

初期のうまいもんドットコムはこんな感じだったようです。

デザイン担当の城本取締役も、当時はまだ駆け出しのデザイナーで、ECサイトのデザインはうまいもんドットコムが初めてでした。
HTMLもコーディングしながら覚えていったそうです。
今ではWeb技術が進歩して複雑になっているので、ほぼ素人がコーディングするなんて考えられませんが、Web業界が発展途上でできることが限られていた当時だからこそ成せたのかもしれません。
実際、有名企業でも「ちょっと表示・動作が変だな」というサイトはたくさんあり、通信速度が遅かったので、1ページが完全に表示されるまでに1分待たなければいけないサイトもざらにありました。

 

そして、システムはなんとか完成し、44店舗81商品が集まり、予定通り2001年8月1日 18時にECサイト「うまいもんドットコム」オープンです。
初日の購入者は2人、しかも知り合い、売上は16,044円でした。
厳しい結果ですが確実な第1歩となりました。

 

第2話に続く

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